愛犬 コロ

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ボクも年をとったみたい。この頃、どうも調子が悪い。すぐに、ものすごくのどが渇くし、おかしい。何か病気なのかなぁ。
 飼い主も、やっと気付いたみたい。
「何か変だぞ。病院へ連れて行くかな?どこがいいかな。街の病院で診てもらうか」
 ボクは、車に乗せられ病院へ向かった。途中、北上川という大きな川のほとりで、駆け回り、おいしいジャーキーを食べて満足だった。

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 病院へ着くと、ボクより大きい犬が、首の所に丸いものを巻いている。まるで、昔、流行ったエリマキトカゲみたいだ。それにしても、ワンワンとうるさいぞ。その点ボクは、無駄吠えはしないからね。診察室に行くと、看護婦さんとお医者さんが、ボクを待っていた。
「診察台に犬を上げてください」
「えっ、ここに?」
「そうです」
「人間並みですね、犬並みって言うんですか」
なんて、つまらないことを言ってる。
 ボクは台に乗せられ、まず、血を採られた。注射は、狂犬病の注射で慣れているから、へっちゃらさ。
「脚の皮がむけていますね」
「あらっ、ほんとだ。どうしたんだろう。毛で気付かなかった…」
「消毒して縫合します」
ボクの脚は、腐った桃みたいにベロッとはがれてしまう。
「痛くないんですか?」
「このくらいになると、神経も通っていないから痛くないはずです」
「そんなもんですか」
ボクの脚は、はがせる所まではがして、皮を縫い合わせるようだ。
「これで縫い合わせます」
「えっ、それって、ホッチキスじゃないですか。犬だから、それで縫い合わせるんですか、可哀想だなぁ」
「いや、いや、私の息子も、頭にケガした時、これで縫い合わせましたから」
「えっ、人間もホッチキスで縫い合わせるんですか。痛くないんですか」
なんか怖いなぁ。でも、断れないしなぁ。
 バチン、バチン。
「コロ、痛くないか?」
へっ、思ったより痛くないや、ガマンガマン。
 今度は緑色の包帯を脚にぐるぐる巻かれてしまった。
「普通の犬なら、包帯などすると、邪魔だから取ってしまうんです。それで、首を固定するように器具をつけるんですけど、どうしますか」
「ああ、それで、前の犬がエリマキトカゲみたいだったんですね。うちの犬は、賢いから大丈夫です。ちゃんと取らないように話しますから」
「コロちゃん、賢いんだって……」
優しそうな看護婦さんが、声をかけてくれる。ボクは首を縦に振った。
「へぇー、自分で賢いって自覚してるわ」
治療が済むと、ボクは降ろされブラブラしていた。すると血液検査の結果を基に、お医者さんが言った。
「糖尿病ですね」
「えーっ、糖尿病?犬も糖尿病になるんですか?」
「ええ、犬も、人間と同じようなものを食べていると、糖尿病になるんです。毎日、インシュリンを注射して下さい」
「えっ、私が注射するんですか?」
「そうです。じゃ、試しにここでやってみますか」
「やってみます」
ボクは、また診察台に乗せられ、実験台になることとなった。
「先ず、首の後ろの皮膚の所を消毒して下さい」
「はい、首の後ろですね。この辺ですか」
「そうです。次にそこをつまんで注射します。注射器は横向きにするといいですよ」
「こうですか。注射器はゆっくり入れるんですか」
「どっちでもいいです」
「そんな適当な~」
ゆっくり注射していった。
 それから待合室で、薬と、注射器と、注射液が渡された。薬の袋の患者名には、ボクの名前『コロちゃん』と書かれてある。診察券にも『コロちゃん』と書いてある。ああ、これで立派な病人(病犬)になったんだなぁという気がしてきた。
 家に帰ると、家族が待っていた。
「ご飯いっぱい食べてたもんね。ドッグフードより、ご飯の方がおいしいから、つい食べ過ぎちゃうんだってー」
 ボクは今日から、特別に大事にされることになった。
 でも、だからといって楽しいわけじゃない。
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愛犬 コロ

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 幸福な生活が、平穏無事に過ぎていく。

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 今日も、おじいさんと一緒に散歩に出かけた。
 すると、おじいさんの友達と出会った。
「コロのおかげで、長生きできてるんだから、大切にしなさいよ」
とか言ってる。
「皆から、そう言われてるよ」
そこまでは、良かったんだ。その後の話が長いこと、長いこと。そんなに話すネタがあるもんだと思ったよ。
  だが、ついにガマンの限界。リードごと逃げてやれぃ。追いかけようと思っても、犬の方が数倍足は速いよ。脱出成功。良かった。ようやく年寄りの長話から解放される。
「コロ。コロ」
おじいさんが呼んでいる。けど、今すぐ戻るわけには、いかないや。
「コロ、来ないですね。息子さんに電話してみたら…」

「電話してみるか」
「何かあったの?仕事中なんだけど…」
「散歩してたら、コロが逃げ出したんだよ。いくら呼んでも来ないから、チョット来てくれないか」
「しょうがないなぁ。今行くから」
「仕事中に悪いな」
「本当だよ。で、どこで逃げたの?」
「この辺りなんだよ。鈴木さんと話をしていたら、あっという間にいなくなったんだよ」
「ふーん。この辺りで…。コロ、コロ」
ありゃ、飼い主まで来ちゃったよ。まずいな。どんなお叱りを受けるかなぁ。出て行かないわけにはいかないよなぁ。チョット嫌がった振りして出ていこうっと…。
「すぐに出てきたじゃない!俺、仕事に戻るから」
あれっ?それだけ?何だよ、!感動の対面とかないわけ?
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愛犬 コロ

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 そんなある日、車で散歩することになった。ボクは、いつも助手席にちゃっかり乗って、前を見つめていたんだ。着いた所は、野球場。大勢の子供たちが集まっている。ボクはその中をゆっくり歩いた。

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 すると、カメラを持った子供が、ボクの方に寄ってきて、
「その、かわいい子犬の写真を撮らせてもらっていいですか」
って言うんだ。飼い主は嬉しそうに、
「いいですよ」
というと、ボクを抱っこしたんだ。すると、カメラ小僧は、
「抱っこしないで、地面においてください」
この野郎、という顔をして、しぶしぶボクを地面に降ろすと、ちゃんと撮らせてやれよ、と小声でボクに言うんだ。ボクは、飼い主と一緒じゃなきゃいやだ、というつもりだったけど、そう言われちゃしょうがない。得意のポーズを決めてあげた。
 それにしても、飼い主のブスッとした顔ったらなかったな。
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愛犬 コロ

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 僕も。やっとこの家になれ、自分の居場所を見つけることができた。
 家族の中で、ボクは三番目。一番は、飼い主のお兄さん。二番目は、その飼い主の父親のおじいさん。毎日午後、ボクを散歩に連れて行ってくれる。そして、三番目がボク。何たってみんなから可愛がられるスーパーアイドルなんだから……。四番目は、ボクを捨てろといったおばあさん。ご飯を持ってきてくれるんだけど、ご飯を持ってきた時も、すぐには食べないで(本当は、すぐ食べたいんだけど)じっと我慢しているんだ。
 ボクは、飼い主に気に入られようと、車から降りてくると姿が見えないうちから、ワンワンと、しっぽを思い切り振って、愛想を振りまいてあげるんだ。
 そうすると、遅くなっても、ボクの大好きな骨やジャーキーを持ってきてくれるんだ。やったね。

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 でも、この前、かなり遅くなって帰ってきた時に、いつもと同じようにしていたら、ボクをそっと抱き上げて優しく言うんだ。
「コロ、君が私を慕ってくれるのは嬉しいけれど、ご近所のこともあるから、午後七時を過ぎて帰ってきた時には吠えないでくれるかな」
ボクはわかったと頷いた。
 飼い主は、犬にそんなことを言っても無理だろう、と思っていたらしい様子だったが、ボクを見損なっちゃ困るよ。まったく……。
 次に遅く帰ってきた時には、吠えてあげなかった。すると、眠ったのかどうか確かめに来たんだ。ボクは、この時とばかりに、ピンと立って、シッポを振っていたんだ。
「コロ~。お前はなんて、賢いやつなんだ。天才犬だぞー」
チェッ、今頃わかったのかよ。ボクは嬉しいような、悔しいような気持ちで見つめていたんだ。
 それから飼い主は、ボクがいかにすばらしい犬であるかを、みんなに自慢して歩いている。
 えっへん。
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愛犬 コロ

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 ワーイ、ワーイ、初めてのお散歩だぞ。ボクはこっちに行くぞ。あれっ。こっちだってば、どうしてそっちに行くのさ。そっちには行きたくないよ。ちぇ、しょうがないなあ。じゃそっちに行くか。
 ウーン、ウーン、どうしてこんなに首が苦しいんだろう。もっと速く走りたいよ。
『ギャン~』
なんてことすんだよ。あぶなく死ぬところだった。何で急に思いっきり引っ張るんだよ。
後ろに転がったじゃないか。
「やっぱり、躾は小さいうちからしっかりしておかないとな。ちゃんと傍にいるようになったぞ。よしよし」
じゃ、いいよ。おしっこ、おしっこ。うんちもしたくなったぞ。うんち、うんちっと。あれっ、どうして引っ張るのさ。今ゆっくりうんちするんだから…。うんちが道にとぼとぼ落ちてるよ。みっともないなぁ。全然ボクのことなんか考えてないんだから……。
 広いところに着いたぞ。リードも外されて、こりゃいいや。自分の好きなように出来るぞ。ワーイ、ワーイ。これが自由っていうのかな。誰にも縛られない生活。いいなぁ。
「コロ。コロ~。帰ってこい!」
あれ、帰れって言ってるよ。誰が帰るもんか。せっかくつかんだ幸福を捨てる犬があるもんか。
「コロ~。危ないぞ。速く逃げろ~」
何言ってるのさ。だまされないぞ。
『ウー、ゥワン』
どっひゃー、何で、こんな、でかい犬がいるんだよ。それに、リードもしてないじゃないか。こっちへ走って来るよ。助けてぇ。食い殺されるよー。
「こっちに来るんだ。速く」
ボクは、飼い主に飛び込んだ。飼い主はボクを抱えると、でかい犬に向かってなんか言ってる。英語かな。意味わかんないや。でも、でかい犬は、別の方へ行っちゃった。危機一髪だったなぁ。飼い主の言うことも聞かないと、えらいことになっちゃうな。それからボクは、おとなしく横を歩いていた。

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 すると、今まで溝にフタがしてあったのに、無くなってる。ずっと下に底があるぞ。近づいてみると、鉄の柵みたいなフタだ。ボクの脚が入っちゃうよ。これじゃ、おっかなくて歩けないや、遠回りしようっと……。
 よし、ちょっと遠いけど、安全第一だもんな。あれっあれっ、今度は遠回りするところがないよ。飛べる距離じゃないし。うーん、抱っこしてくれないかな。見上げると飼い主は、知らんぷりしている。なんか試されてる感じだ。やっぱり渡るしかなさそうだ。ボクの細い脚では、穴に落ちてしまうし、困ったなぁ。もっと、近づいてみるか。まてよ、あの柵と柵が繋がっている部分が、厚くなってる。大発見だ。あの部分を渡っちゃおう。ゆっくり、ちょっちょいのさ。
 渡り終えると、飼い主に抱っこされた。
「すごいぞ。お前は、天才犬だ」
ほめられて悪い気はしない。
 しかし、抱っこすんなら渡る前にしてほしかったな。
                      (写真はイメージです。)

愛犬 コロ

              2

 ボクは、段ボールに入れられたまま、飼い主の家に連れてこられた。
 その家には、おじいさんとおばあさんが住んでいた。おじいさんは、なんとめんこい犬だなと言った。ボクってどこに行っても正当な評価を受けるんだと思った。
 ところが、ところが、おばあさんはボクの顔を見るなり、どっかに捨てに行ってこいと言った。
 あらら、こんなにかわいいボクをすぐに捨てろだなんて、このばあさんは要注意だぞ。気をつけなくっちゃな。
「誰が世話するのよ。私は嫌ですからね。動物が嫌いなことぐらいわかっているでしょうに……」
「わかったよ。ぜんぶ世話は、俺がするよ」
「それと、なんかその犬、臭うわよ、臭くて置いておけないわよ。まったく……」
「どれ、あれっ、ほんとだ。コロ、おばあさんに嫌がられるから、きれいにしような」
ボクは、風呂場に連れられていかれた。すると、屋根があるのに雨が降ってきた。あちゃー、壁から雨が降ってるよ、この家。大変だ。逃げるところがないや。
『キャンキャン!』
「初めてだから、嫌がってるんだな。でも、ダメだぞ。キレイキレイにしないと、本当にばあさんに追い出されるぞ。ガマンするんだぞ」
雨は上がって、今度はネターッとしたものを体にかけられた。かけたところを飼い主がゴシゴシやると、あ~ら不思議。モコモコと泡が出てきた。
「ほら、きれいになるって、気持ちいいだろ。今度は手を出して……。あれっ、4つとも足か。じゃ右の前足から洗うぞ……」
「ダイブきれいになったな。それじゃすすぐか」
『キャンキャン!キャンキャン!』
「こら、じっとしてなさい。泡だらけのままじゃ、女の子にもてないぞ」
『キャンキャン!キャンキャン!』
「ありゃ、こりゃ熱いや。やけどしちゃうよ。熱いなら熱い!って言ってくれよ」
さっきから、熱くて嫌だって言ってるのに、全然聞いてくれないんだもの。
「このぐらいの温度ならいいだろう。コロ~。今度は大丈夫だからな」
えへっ、このぐらいならちょうどいいや。いい気分だな。なんか、初めてきれいになった気がするなぁ。それにとってもいい匂いだ。これじゃ、女の子は黙ってないだろうなぁ。
 ふむふむ。妙に納得するんだよなぁ。
                      (写真はイメージです。)

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愛犬 コロ

              1

 

 ボクは、4人兄弟の末っ子。お母さん、お兄ちゃんに可愛がられて、平穏で楽しい生活を送っていた。
 すると、そこの御主人が、
「家に、4匹も要らないよなぁ。明日、学校に行って、誰かもらってくれる人がないか、聞いてみる」

ってことは、4匹のうち何匹かは、別のところに行っちゃうんだ。

ボク?じゃないよな。だって、ボクが一番可愛いんだもん。
絶対、違うよ。

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 次の日、ボクは、段ボール箱に押し込まれた。
 初めて車に乗って、ゆらゆら揺られて行った。ボクは箱の中であっちにぶつかり、こっちにぶつかり、まるで芋洗い状態だよ。いい加減にしてほしいなぁ、と思っていたら、揺れが止まった。どこかに着いたみたいだ。
 ふたを開けられ出てみると、やけに人が多いところだった。それも若い子ばっかりだ。
「キャー、カワイイ!」
「チョー、カワイイ!」
若い子特有の、黄色い声が上がる。
 やっぱり、ボクって可愛いんだ。どの子かなぁ、ボクの飼い主になる人は…。できたら、きれいなお姉さんタイプがいいな。こっちの子かな。それともあの子かな、と思っていたら、
「キーン・コーン・カーン・コーン」
鐘みたいなのが鳴ったぞ。あれ、あれっ、みんなどこに行くのさ、チョー、カワイイ、ボクを置いて……。どうしたんだろう急に……。(後で聞くと、鐘みたいなのは「チャイム」というもので、人間を誘導するものらしいことが判った)
 誰もいなくなったら、やけに寂しくなった。ちぇ、じゃあボクは冒険に出掛けちゃうんだ。ここは広いから、思いっきり走っちゃうぞ。ワーイ。ワーイ。こんな広いとこは初めてだ。思いっきり走ったのに、まだ半分も来てないや。ちょっと疲れちゃたな。
 すると、ちょっと太った男の人が、なんか言ってる。
リヒャルト・シュトラウスリヒャルト・シュトラウス!」
なんのこっちゃ。呪文かなんかを唱えているのかな。すると、
「ウォルフガング・モーツァルト!ウォルフガング・モーツァルト!」
なんだ、なんだ。何のまじないだ。
「ちょっと長いのかなぁ。もっと短いのにするか。ワーグナーワーグナー!」
頭のおかしい人には、やっぱり近づかない方がいいよな。無視!無視!
「コロ~!コロ!」
あれ、きれいな女の人がボクを呼んでるぞ。早く行ってみようっと。
「外国の音楽家なんて、日本の犬には無理なのよ。コロって呼んだら、すぐに来たじゃない」
「う~ん、コロって、ありきたりなんだよな、でも、しょうがないか。よ~し、お前の名前はコロにすることにした。よろしくな、コロ」
ボクの名前だったのか、そんなら、もっとかっこいいのにすれば良かった。それより、ボクの飼い主って、きれいなお姉さんの方じゃないのかよ。
 ショック。あぁ大ショック。
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